海洋熱波が増幅した2023年夏の東アジアの記録的熱波―どのように?どれくらい?
海面の水温は、地球の気候を決めるうえで非常に大切です。近年、この海面水温が異常に高くなる状態が長期間続く「海洋熱波」が世界的に頻発しており、漁業や海の生態系に大きな影響を与えています。
2023年の夏、日本を含む東アジア地域は、観測史上例のない暑さ(記録的な熱波)に見舞われました(図1左)。この年の夏の熱波は、ただ気温が高いだけでなく、湿度も高かったために、熱中症などの健康被害のリスクが特に高まりました。そして、この記録的な熱波と同じ時期に、周辺の海でも前例のない海面の水温の異常(海洋熱波)が発生していました(図1右)。
これまで、広範囲の熱波の主な原因は、ジェット気流など地球規模の風の流れ(循環)が大きく変化することだと考えられてきました。しかし、この海の異変(海洋熱波)が、陸の熱波にどのように・どれくらい影響を与えたのかは、詳しく分かっていませんでした。
そこで、私たちの研究では、コンピュータを使った詳細なシミュレーションを行い、2023年夏の陸の熱波に対して、海洋熱波が「どれくらい」影響を与え、「どのような仕組み(メカニズム)」で作用したのかを明らかにしました。

海の熱波が、二重のメカニズムで陸の熱波を増幅させる
シミュレーションの結果、地球全体の風の流れの変化(大規模な大気の循環の異常)が熱波の主な原因であったことに加えて、周辺の海洋熱波が、陸上の熱波をさらに強化させていたことが判明しました。
海洋熱波が陸上の熱波を増幅させる仕組みは、主に次の2つです。(図2左)
- 雲が減って、日差しが強くなる(下向き短波放射の強化):異常に暖かい海面が、いつもなら北海道~三陸の沖合で多くできるはずの海面・地面付近の雲(下層雲)の発生を抑えます。雲が減ったことで、日射が遮られずに地表により強く届き、気温が上昇します。
- 湿度が高くなり、熱を閉じ込める(下向き長波放射の強化):気温や海面水温の上昇は、大気中の水蒸気の量を増やします。この水蒸気は、地表から放出される熱を吸収して再び地表に戻す(熱を閉じ込める)働きを強めます。これによって、夜間も含めて気温がさらに下がりにくくなり、熱波を増幅させます。
この「日差しの強化」と「熱の閉じ込め」という二重のメカニズムが、大気の熱波を著しく増幅させていたのです。

(左)海洋熱波によって、地表での放射がどのように変化したかを示しています。特に海面水温異常への応答(4つあるパネルの左下)で、三陸沖を中心とした色の赤くなっているところで、日射(下向き短波放射)が強化されている様子がわかります。また、水蒸気増加による熱の閉じ込め(下向き長波放射)の強化は、主に大規模な大気循環の変化によって生じていましたが(4つあるパネルの右上の赤色)、海洋熱波もある程度この効果に貢献していたことがわかります(4つあるパネルの右下)。
(右)人間が感じる暑さを測る指標である「湿球黒球温度(WBGT)」で、熱波の影響を評価しました。WBGTは気温だけでなく湿度や日差しも含めた複合的な暑さを示し、熱中症のリスク評価に適しています。平年と比べた2023年夏の湿球黒球温度の上昇(赤矢印)のうち、30%程度が海面水温異常に対する応答(青矢印)で説明されます。また海面水温異常に対する応答の30%程度が、近年の水温上昇に対する応答(紫矢印)で説明されることが分かります。
熱波の体感的な強さ・持続時間も最大50%増幅
さらに、気温と湿度の複合的な効果を評価するため、人が実際に感じる暑さの度合いを示す「湿球黒球温度(WBGT)」を見積りました。
分析の結果、熱波をもたらす地球規模の風の変化に加えて、海洋熱波の影響だけで、東アジア地域、特に日本における熱波の「体感的な暑さ」と「持続時間」を、最大で20%〜50%も増幅させていたことが明らかになりました(図2右)。また、近年続く海面水温の上昇傾向が、この海洋熱波による熱波増幅効果のかなりの部分を説明することも明らかになりました。
本研究は、海洋熱波が単に海の現象に留まらず、周辺の陸地の熱波を大幅に増幅させるという、その重大な役割と具体的な仕組みを世界で初めて定量的に明らかにしました。この知見は、将来の異常気象に備えるため、また、より正確な天気予報(季節予報)を実現するための重要な基礎知識となります。今後は、海洋熱波の陸上への影響がどのような気象条件で顕在化しやすいか、また海洋熱波による陸上の熱波の増幅が他の地域でどのように生じているかについて、さらに研究を進める予定です。
この研究の詳細は以下の論文をご覧ください:
Okajima S., Y. Kosaka, T. Miyasaka, and R. Ito (2025): Unprecedented Marine Heatwave Significantly Exacerbated the Record-breaking 2023 East Asian Summer Heatwave, AGU Advances, 6, e2025AV001673, doi:10.1029/2025AV001673.
(2025年11月 岡島悟@A01-3, ECHOES)