海中の巨大水塊が海面近くの生物生産を左右する!?
海水温は通常、海面から下に行くほど下がりますが、場所によっては海洋内部で水温や塩分が深さ数百メートルにわたって一様なことがあります。このような、鉛直一様な水の塊を「モード水」と呼びます。モード水は、冬に海面が大気に冷やされ、深い対流が起こることによって作られます。そして春以降、海中に閉じ込められ、さらに海の中の流れに運ばれて形成域から広がっていきます(動画1)。モード水は世界の各海域に存在しており、例えば北太平洋では黒潮・黒潮続流の南側、北大西洋ではメキシコ湾流の南側がモード水の主な形成域となっています。
長年の観測から、モード水の厚さ(=体積)が、年々変動していることがわかっています。最近の研究では、北太平洋のモード水が厚い(薄い)ほど、海中を移動するときに海面近くの水温構造を持ち上げる効果が強く(弱く)、海面付近が冷たく(温かく)なることが報告されています(Kobashi et al., 2021, 2023, Oka et al., 2023)。さらに、厚い(薄い)モード水に伴う低い(高い)海面水温が台風を弱める(強める)こともわかってきました(図1, Oka et al., 2023、プレスリリース)。

モード水の持ち上げ効果は、海面近くの水温構造だけでなく、栄養物質の構造へも影響することが期待されます。海洋中には窒素やリンなど多くの栄養物質が存在し、様々な生物はこれらの物質を使って生命を維持しています。今回私たちは、北大西洋の水温・塩分・栄養物質などの海洋観測データを解析し、北大西洋モード水の持ち上げ効果が海洋生態系へも影響しうるのか、調査を行いました。
海洋中の栄養物質は基本的に、海面から下に行くほど多くなるという鉛直構造をしています(図2左)。特に海面から深さ約120メートルまでの光が届く層(=有光層)では植物プランクトンの光合成により活発に栄養物質が消費されるため、栄養物質が枯渇した状態になっています。私たちは、厚い(薄い)モード水が栄養物質の構造の持ち上げ効果を強め(弱め)、有光層内の栄養物質が増加(減少)することを明らかにしました(図2右)。さらに、春から初夏にかけて、有光層内での基礎生産(植物プランクトンが光合成によって無機物から有機物を生産すること)が、モード水が厚いときにより活発であることもわかりました(図3)。モード水の持ち上げ効果により有光層内の栄養物質が増えたことが一因と考えられます。


海の中の水塊であるモード水は、持ち上げ効果を通じて我々の身近な気象現象や海洋生態系へも影響することがこれまでの研究からわかってきました。“モード水の持ち上げ効果”を考慮することで、気象や水産などの予測精度の向上が期待されます。
この研究の詳細は以下の論文をご覧ください:
Nishikawa, H., E. Oka, S. Sugimoto, F. Kobashi, M. Ishii, and NR. Bates (2025): Impact of Eighteen Degree Water thickness variation on the thermal and biogeochemical structure in the euphotic layer. Journal of Oceanography, 81, 235-246, doi:10.1007/s10872-025-00751-1.
(2025年9月 西川 はつみ@A01-2, ECHOES)