海中の巨大水塊の消失が引き起こす海洋熱波

海面の水温は大気と海洋の熱交換を理解する上で重要な量であり、その変動は上空の大気場を変え、地球規模の気候に影響を及ぼします。この海面水温が、過去数十年と比較して顕著に高い状態が数日以上続く現象は「海洋熱波」と呼ばれ、近年、中緯度域で頻発しています。東北沖の太平洋では2010年から2016年にかけて毎年夏に発生し、ブリの漁獲量を急増させました。また、2013年から2015年にかけて北米沿岸で発生した海洋熱波は、クジラや魚介類・海鳥の生息域を変え、生態系や水産資源、さらに沿岸で暮らす人々の社会生活にも大きな影響を与えました。海洋熱波の形成・維持のメカニズムを解明することは、生態系や人間社会への被害予測や低減のために重要です。

2021年夏、北太平洋中央部で海面水温が平年より3℃以上も高い海洋熱波が発生しました(図1)。これは、同海域において利用可能なデータが存在する1982年以降で最大の昇温でした。従来の海洋熱波に関する研究では、晴天や海上風の弱化など大気側の要因が海洋熱波をもたらすとされていました。そこで私たちは、大気のデータを用いて、2021年の海洋熱波を形成する原因の特定に挑みました。ところが、大気側の要因だけではこの観測史上最大の海洋熱波発生を説明できないことがわかりました。

図1 (上)2021年9月の海面水温(平年値からの差)。平年値は1991年〜2020年の9月の平均海面水温を用いた。 (下)上図の黒いボックス内で平均した、2021年7月〜2022年4月(赤)と平年値(黒)の海面水温の時系列。 ピンク色は海洋熱波の発生期間を表す。海洋熱波は、海面水温が過去30年間の90パーセンタイル値(図の灰色の部分)を5日以上にわたって上回る現象として定義される

次に私たちは、海洋の内部構造に着目し、Argoフロート(世界の海洋で約4000台が稼働している、自動海洋観測ロボット)のデータを解析しました。その結果、北太平洋中央部の深さ100〜400メートルに通常見られる巨大水塊(中央モード水と呼ばれる水温一様な水)が、2021年には激減していることがわかりました(図2)。さらに、中央モード水の消失に伴い、その上層(海面から深さ100メートル付近まで)が平年より高温化していることが明らかになりました。私たちはこの一連の解析をもとに、巨大水塊の消失により上層の水が押し下げられ、記録的な海洋熱波が引き起こされたとする「海洋駆動説」を提案しました。2021年夏季の中央モード水の消失は、中央モード水が作られる海域(冬に海面の水が冷やされ、深い鉛直対流が起きる海域)が変化したためと考えていますが、2021年だけが特別だったのか? その要因は何だったのか? などは、これから明らかにしなければなりません。

図2 (上)図1の黒いボックス内で平均した、表層海洋の水温(平年値からの差)。 平年値は2004年〜2020年の各月の平均海水温を用いた。 黒線は海洋表層混合層の下端を表し、紫線は中央モード水の存在範囲を示す。(下)各年の9月における中央モード水の厚さ(黒線)と海洋表層の貯熱量(赤線)。なお、貯熱量は、海面から深さ150mまでの平均水温として算出した

本研究では海洋データをもとに、巨大水塊と海面付近の水温の関係を定性的に理解することができました。今後、数値実験などを通じて、海洋熱波発生における巨大水塊の役割、さらには海洋内部構造の役割を明らかにしていく予定です。

この研究の詳細は以下の論文をご覧ください:
Nishihira, G. and S. Sugimoto (2024): Record breaking marine heatwave over the central North Pacific in 2021 summer: its formation associated with loss of Central Mode Water. Journal of Physical Oceanography, in press, doi:10.1175/JPO-D-24-0021.1.

(2024年11月 西平 楽@A01-1, ECHOES)