縮小続く日本近海の親潮水分布
日本の周りには様々な海流が流れています。北東の海を流れる親潮もその一つです(図1)。親潮は千島列島の東を南西方向に流れ、水温と塩分が低く栄養分の豊富な海水(以降、親潮水)を北海道沖・東北沖に運びます。親潮水は豊かな生態系を育み、世界三大漁場の一つに数えられる北海道沖・東北沖の水産資源を支えています。
親潮やその上流部分にあたる東カムチャツカ海流は、北太平洋上を吹く風によって作り出される大規模な海洋循環の一部です。そのため、親潮や東カムチャツカ海流の強さは海上風の強さや分布に応じて大きく変化します。例えば、親潮は海上風の季節変化の影響を受けて冬季に強まり、春季にかけて北海道沖・東北沖へ大きく南下します。
近年、北海道沖・東北沖では異常な状況が続いています。サンマやスルメイカなど、この海域を代表する魚が歴史的な不漁に陥っています。この一因として、親潮水の分布の変化が挙げられています。近年は親潮水が北海道沖・東北沖まで広がることが少なくなっており、それがサンマやスルメイカの分布に影響していると言われています。今、北海道沖・東北沖で何が起こっているのか。その実態を把握するために、私たちは北海道沖・東北沖を含めた東日本沖の親潮水分布の長期変化を調べました。

私たちはまず、親潮水分布の長期的な変化を解析するための手法を考案しました。そして、その手法を用いて気象庁気象研究所と海洋研究開発機構が共同で開発した高解像度の過去海洋再現データを解析しました。このデータが使える過去の35年間(1982-2016年)について、親潮の南下が顕著になる春季(3-5月)の変化を調べたところ、親潮水の分布は大きく変動しながら長期的に縮小していることが明らかになりました(図2)。

私たちはさらに、親潮水分布の変化の要因を調査しました。そして、北海道沖・東北沖に現れる直径200-300km程度の時計回りの渦(以降、暖水渦)が重要であることを発見しました。北海道沖・東北沖に分布する暖水渦は、親潮の南下を妨げることがあります。そのため、暖水渦が存在する年は親潮水が東日本沖に広がりにくくなります(図3)。近年は暖水渦が北海道沖・東北沖に分布する様子が多く確認されています。親潮水分布の縮小は、そうした暖水渦の分布の変化に関係していると考えられます。ここで注目した暖水渦は、南を流れる黒潮続流の蛇行から切離されて誕生します。そして、黒潮続流には暖水渦を切離しやすい時期とそうでない時期があります。そのため、親潮水の分布は黒潮続流の流路の変化に関係していると考えられます。
また、親潮水の分布は親潮や東カムチャツカ海流の強さ(流速)を反映します。親潮水の南下は、親潮や東カムチャツカ海流が強いときほど顕著になると言われています。私たちの研究でもそうした傾向が見られました。また、さらに調査を進めたところ、東カムチャツカ海流は海上風の長期的な変化に伴って過去35年間(1982-2016年)で弱まっていることが判明しました。親潮の南下を妨げる暖水渦の存在に加えて、親潮水を運ぶ海流の弱化も親潮水分布縮小の一因といえるでしょう。

世界三大漁場の一つに数えられる北海道沖・東北沖。親潮は栄養に富んだ海水を運ぶことで、この海域の豊かな生態系と多くの水産資源を支えています。ところが、その親潮に今、変化が見られ始めています。「日本に住む私たちの生存基盤をなしてきた豊かな水産資源は、今後も持続するのだろうか」、ハビタブル日本が掲げるこの大きな問いに回答するため、今後も親潮の動向から目が離せません。
この研究の詳細は以下の論文をご覧ください:
Kawakami, Y., H. Nakano, L. S. Urakawa, T. Toyoda, K. Aoki, N. Hirose, and N. Usui (2025): Temporal changes of the Oyashio water distribution east of Japan under the changing climate: development of an objective evaluation method and its application. Journal of Oceanography, 81, 5–21, doi:10.1007/s10872-024-00727-7.
(2024年8月 川上 雄真@A03-7)